「清涼にして芳醇」
第1回 赤井三尋/小説家
高校時代の同級生が酒を送ってきた。
数日前に蕎麦屋で日本酒を酌み交わせていたとき、「うまい酒を見つけたから、送ってやるよ」と言っていたのを思い出した。約束を果たすことが稀な男だけに、よほど気に入ったに違いない。
「我山」という銘柄だった。
地味なラベルに「純米大吟醸 磨き三割五分」「兵庫県産特A 山田錦使用」と記してある。そして「限定品」とも。品質本位のたたずまいが漂っている。
新型コロナ騒ぎで、家で飲むことが多くなったから、これはありがたいと、さっそくニガウリに花かつおを振りかけたのを肴に、キンキンに冷やしたのを夕飯前に開栓した。
いい音を立てて江戸切子にそそぐ。
「あらっ」とキッチンカウンター越しにかみさんが声を上げた。
「いい香り。ここまで香ってくるわ」
たしかに清涼を感じさせるいい香りだ。秋から冬ならば、芳醇と表現したかもしれない。
一口すすると、フルーティーな味わいが口の中に広がった。
そして至福感も広がった。
赤井三尋(あかいみひろ)
1955年、大阪生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。ニッポン放送に入社後、現在はフジテレビ勤務。2003年『翳りゆく夏』で江戸川乱歩賞を受賞。著書に『花曇り』『バベルの末裔』『月と詐欺師』『ジャズと落語とワン公と 天才! トドロキ教授の事件簿』『どこかの街の片隅で』『2022年の影』がある。